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マダムの部屋
ちょっとちらかってるけど、気にしないでゆっくりしてって!

マダムの部屋-23-
「アルテンベルグはいいところ」

昨年、私がフライした(宙を舞う転倒をし、救急車で運ばれ、大会をキャンセルした)ドイツ・アルテンベルグに再びやってきました。

今年は練習ですでに完走できました。その前のラトビア・シグルダに続き、激しいコース。 ここも、「旧東ドイツの秘密特訓コース」とかで、テクニカル、かつハードです。 シグルダ同様、どう考えても競技普及する気など、全くないのだろうな、という感じです。
私もかなり警戒して入ってきたのですが、何だか、去年と様子が違う、というか、とってもいいところに感じています。

今回はそんなことが言いたいのではございません。

私はなぜだか、旧社会主義国に、反応してしまいます。 血が騒ぐというか、何か、興味津々なのです。 ちょうど中学高校生の歴史を勉強しているころにニュースで満載だったソ連には脅威を感じており、 さらにはベルリンの壁崩壊やら、チェコの首相暗殺(?だったっけ?)、血なまぐさい事件が忘れられないからかもしれません。 今で言う、北朝鮮のような不気味さを常に憶えていたのを記憶しています。

ディアナ・サトーというドイツの美しくて強い女子選手がいるのですが、彼女はアルテンベルグ出身。 年齢も私と一緒。彼女がどんなふうに育ってきたのだろうか、と、アルテンベルグに来て想像を膨らませていました。 去年は西から東に入ってきた時は、なぜだか、がらっと空気が変わったのが印象的で、怖くて仕方なかった。 やだ、こんなところに生まれたらどんな幼少を過ごしたのかしらとか、思っているうちに体調を崩していきました。
 <ディアナ選手> 

だから、今年はシグルダにいたときから、「アルテンベルグはいいところ」と言い続けていました。 そのせいなのか、ドイツも少しずつ開かれているのか、本当にいいところじゃん、と思っているこのごろです。

振り返ってみると、「シグルダ」のラトビアは、さらに閉ざされた雰囲気があったなあ、とここに来て感じます。 ここも旧ソ連の支配下につい14年前まで置かれていたところ。 建物も瓦礫がたくさんあったし、古いものが古いまま、整備されないまま、崩れ落ちそうに残っていました。 印象的だったのは、レースの日、しとしとと雨が降る中、コースに軍服を着た係員、多分アーミーかと思うのですが、 古めかしいトラックの横に立っていました。その姿を見た瞬間、身体が硬直してしまいました。 この国が背負う一面を見たかのような気持ちでした。 ラトビアに来て二週間、それまで、目をそらそうとしていた何かを、この瞬間に見たな、と思いました。 言い訳にはなりませんが、それから、固まってしまった身体は元に戻すことができず、一時間後にレースを迎えてしまいました。

そんなところからドイツに来たせいか、すべてが明るく感じたのかもしれないな、と思います。 アルテンベルグには多くの人が遊びに来ています。 ホテルは家族連れやお年寄りで賑わっていて、コースにもたくさんの観客が連日訪れています。 ここの人達は地味だけど、マイルドで温かく、ものすごくほっとします。感謝です。

さらに、世界選手権が行われるドイツ・ケニクゼーは、ベルヒテシュガーデンといって、ドイツ屈指の景勝地だそうです。 確かにとても景色が美しい場所。ヒトラーの別荘があったところだそうです。「ヒトラー」もなぜだか血が騒ぐのですよね。

歴史が詰まったヨーロッパはいろんな意味でおもしろいです。
ともあれ、今年はアルテンベルグでゴールできそうです。
「アルテンベルグはいいところ」

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